※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。由来や成り立ち、歴史には諸説あり、資料によって説明が異なる場合があります。また、紋の扱いには地域・家・流派による違いがあり、着用の可否については呉服店や貸衣装店にご確認ください。あくまで1つの見解としてご覧ください。予めご了承ください。
着物のカタログやレンタルの商品説明に「五つ紋」「一つ紋」といった表記があります。同じように見える着物なのに、この数字によって値段も着ていける場所も変わってきます。
紋の数が多いほど格が高い。これが原則です。ただし「多ければよい」わけではなく、場面によっては格が高すぎて着られないという逆転も起きます。
この記事では、紋の数がどう格を決めるのか、それぞれどこに入るのか、着物の種類ごとにどう使い分けるのかを整理します。
紋の数は3種類しかない
着物に入れる紋の数は、一つ・三つ・五つの3通りだけです。紋を入れない「無紋」を加えても4通りしかありません。二つや四つという入れ方は存在しません。
なぜ奇数なのかというと、紋を入れる位置が背中心・両袖・両胸と決まっており、左右対称の場所は必ず2つ単位で増えるからです。
中心の1つに、2つずつ足していく。だから1・3・5になります。
それぞれどこに紋は入るのか
紋の位置には名前がついています。
背紋(せもん)——背中の中心、背縫いの上部に入る紋です。一つ紋はこれだけです。
袖紋(そでもん)——両袖の後ろ側に入る紋です。背紋に袖紋2つを加えたものが三つ紋になります。着ている人の背後から見て、両腕に見える紋がこれです。
抱き紋(だきもん)/胸紋——両胸に入る紋です。背紋・袖紋にこれを加えて、合計5つで五つ紋となります。前から見て紋が見えるのは五つ紋だけということになります。
つまり増える順序は決まっていて、背中 → 両袖 → 両胸です。背紋を飛ばして袖だけに入れる、といった付け方はしません。
位置の寸法も、和裁の世界ではおおよそ決まっています。背紋は衿付けから1寸5分(約5.5〜6cm)下がった位置、袖紋は袖山から2寸(約7.5cm)下がった位置、抱き紋は肩山から4寸(約15cm)下がった位置が目安とされます。この寸法から外れた位置に紋が入っている着物は、フォーマルな場には向きません。
紋の数と格の対応
紋の数と格式の関係は、おおむね次のようになります。
五つ紋 → 正礼装(第一礼装) 最も格の高い装いです。黒留袖、黒紋付(喪服)、そして五つ紋を入れた色留袖がこれにあたります。結婚式で新郎新婦の母親が着る黒留袖が代表例です。
三つ紋 → 準礼装 五つ紋に次ぐ格です。色留袖、色無地、豪華な訪問着などに入れます。
一つ紋 → 準礼装〜略礼装 最も気軽に使える紋の入れ方です。色無地、訪問着、付下げ、江戸小紋などに入れます。
無紋 → 普段着・おしゃれ着 小紋、紬、浴衣は基本的に紋を入れません。
ここでひとつ注意があります。
三つ紋と一つ紋を「準礼装」と呼ぶか「略礼装」と呼ぶかは、資料によって揺れます。
呉服店や着付け教室のサイトを何軒か見比べると、同じ三つ紋を準礼装と書くところと略礼装と書くところがあります。正礼装が五つ紋だという点はどこも一致していますが、その下の呼び分けは統一されていません。
実用上は、呼称よりも「その場に集まる人の中で自分がどの位置にいるか」で判断するほうが安全かと考えます。
着物の種類別・紋の入れ方
紋が必須の着物
黒留袖と黒紋付(喪服)には、五つ紋が入ります。
ここに例外はなく、技法も後述する染め抜き日向紋と決まっています。
色留袖も紋を入れる着物ですが、こちらは数を選べます。
紋の数を選べる着物
色留袖が典型です。五つ紋を入れれば黒留袖と同格の正礼装になり、三つ紋・一つ紋なら準礼装として訪問着に近い感覚で着られます。同じ着物が、紋の数だけで着ていける場所を変えるわけです。
なお五つ紋の色留袖は、黒留袖と同じく比翼仕立て(白い重ね衿があらかじめ付いた仕立て)にするのが正式とされます。ただし格が高すぎて着る場面が限られるため、実際に五つ紋を選ぶ人はそれほど多くありません。
色無地も紋の数で大きく変わります。無紋なら街着、一つ紋で準礼装、三つ紋を入れると紋のない訪問着より格上になります。一枚の着物を長く使うなら、色無地に一つ紋というのが最も汎用性が高い選択です。
紋を入れても入れなくてもよい着物
訪問着は、現在は紋を省略することが多くなっています。無紋にしておけば帯次第でカジュアルにも着られるため、あえて紋を入れない人が増えました。豪華な柄のものに三つ紋、控えめなものに一つ紋、というのが従来の目安です。
江戸小紋は、鮫・角通し・行儀のいわゆる「江戸三役」と呼ばれる格の高い柄に限り、一つ紋を入れることで準礼装として扱えます。柄の大きいものや趣味性の強いものには紋を入れません。
紋を入れない着物
小紋、紬、浴衣には紋を入れないのが原則です。紋を入れても礼装にはなりません。無地の紬に縫い紋を一つ入れて軽いお茶会に、という使い方はありますが、これは礼装ではなく「格を少し上げる」程度の扱いです。
振袖は、かつては五つ紋を入れていました。アンティークの振袖に紋が入っているのはそのためです。ただし現代では、振袖であること自体が未婚女性の第一礼装を示すため、紋を入れないのが一般的になっています。
男性の場合
男性の第一礼装は黒五つ紋付羽織袴です。羽織の背中心・両胸・両外袖の5か所に染め抜きの紋が入り、同じ素材の長着にも同じ5か所に紋が入るのが正式とされます。
ただし長着の紋は羽織を着ると見えないため、省略されることもあります。レンタルの場合は特にそうです。
黒以外の色紋付羽織袴は一段下がって準礼装の扱いになり、紋の数もある程度自由になります。無地のお召や紬に一つ紋・三つ紋を入れて外出着の格を上げる、という使い方もあります。
なお、五つ紋の黒紋付羽織袴が男性の第一礼装として定着したのは、実は明治以降のことのようです。江戸期の武家には裃があり、羽織袴は町人の礼服という位置づけでした。洋装の礼服に対応する和装の礼服を一つに定める必要が生じた明治期に、現在の形が整えられたと説明されています。「昔から続く伝統」と思われがちですが、案外新しい決まりごとです。
紋の数だけでは格は決まらない
ここまで数の話をしてきましたが、着物の紋の格は数・技法・表現方法の3つで決まります。数はそのうちの1つにすぎません。
技法による格
染め抜き紋——生地を白く染め抜いて紋を表す技法。最も格が高く、礼装にはこれを使います。
摺り込み紋(刷り込み紋)——型を当てて色で紋を描く技法。染めの一種ですが略式です。
縫い紋(繍紋)——刺繍で紋を表したもの。略式で、多くは一つ紋に使われます。菅縫い、相良縫いなど刺繍の種類がいくつかあります。
格の順序は染め抜き>摺り込み>縫いです。
表現方法による格
同じ染め抜き紋でも、紋の描き方で格が変わります。
日向紋(ひなたもん)——紋の形を面で白く染め抜いたもの。表紋とも呼ばれ、最も格が高い。礼装は必ずこれです。
中陰紋(ちゅうかげもん)——陰紋より太い白線で表したもの。日向紋と陰紋の中間。
陰紋(かげもん)——輪郭を線で表したもの。略式です。
こちらの順序は日向紋>中陰紋>陰紋。白く抜かれている面積が広いほど格が高い、と覚えると分かりやすいでしょう。
したがって「五つ紋なら何でも最上格」ではありません。黒留袖が正礼装なのは、五つ紋であることと染め抜き日向紋であることの両方が揃っているからです。
紋の大きさ
紋の直径にも慣習的な目安があります。男性は1寸(約3.8cm)、女性は5分5厘(約2〜2.1cm)とされ、男性のほうがかなり大きい。子供の場合、男児は8分(約3cm)程度が目安です。
厳密な決まりではないとする資料もありますが、既製品や誂えの現場ではこの寸法が基準になっているようです。
家紋がわからないときは
紋の数を決める以前に、「そもそも自分の家の紋を知らない」という人は少なくありません。
この場合、通紋(かよいもん)を使います。五三桐が代表的で、特定の家を示さない紋として誰でも使えます。
貸衣装の紋付や留袖にはたいていこの通紋が入っているかと思います。
裏を返せば、レンタルの着物に入っていた紋を「うちの家紋」と思い込んではいけないということです。あれは家紋の座に置かれた空席のようなもので、家の紋ではありません。
自分の紋を入れたい場合は、貼り紋(張り紋)という方法があります。生地に紋を染め抜いたものやシール状のものを、既存の紋の上から貼るやり方で、レンタルでも対応してくれる店があります。
また、既製の留袖や喪服には、紋の部分を丸く白く残した石持(こくもち)という状態のものがあります。これは後から家紋を描き入れる前提の仕立てです。
なお、女性の場合は、母から娘へ女系で伝える女紋(おんなもん)の慣習が主に関西にあります。父方の紋を使うのか、嫁ぎ先の紋を使うのか、母方の紋を継ぐのかは地域や家によって異なるため、迷ったら親族に確認するのがよろしいのかと思います。
よくある勘違いや注意点
「紋が多いほうが良い」ではありません。
結婚式では、新郎新婦の母親が五つ紋の黒留袖を着ます。他の親族がそれより格上の装いをするのは避けるのが通例で、姉妹や親族は三つ紋・一つ紋の色留袖に下げるのが一般的です。格を合わせるとは、上げることではなく揃えることです。
染め抜き紋の変更は難しいです。
一度染め抜いた紋を別の家紋に変えるのは技術的にも費用的にも負担が大きく、購入時に確認しておくべき点です。縫い紋や貼り紋なら比較的変更しやすくなります。
まとめ
- 紋の数は一つ・三つ・五つの3通り。背中心 → 両袖 → 両胸の順に増える
- 数が多いほど格が高い。五つ紋が正礼装で、黒留袖と黒紋付には必須
- 三つ紋・一つ紋を準礼装と呼ぶか略礼装と呼ぶかは資料によって揺れる
- 色留袖と色無地は、紋の数で着ていける場所が変わる
- 格は数だけでなく、技法(染め抜き>摺り込み>縫い)と表現(日向紋>中陰紋>陰紋)でも決まる
- 家紋がわからなければ通紋でよい。貸衣装の紋は家紋ではない
紋の数は、着物の格を外から見て判断できる数少ない手がかりです。背中と袖と胸を見れば、その人がどの程度改まった装いで来ているかが分かる。文字を使わずに情報を伝えるという点で、これも「しるし」の働きのひとつだといえます。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。由来や成り立ち、歴史には諸説あり、資料によって説明が異なる場合があります。また、紋の扱いには地域・家・流派による違いがあり、着用の可否については呉服店や貸衣装店にご確認ください。

