仏壇の打敷や仏具、墓石に紋が入っていて、それを自分の家の家紋だと思っている方は多いと思います。
ところがその紋が家紋ではなく、宗派の紋であることがあります。
仏教の宗派の多くには「宗紋」という宗派の紋章が定められていて、寺院や仏具にはそれが使われるからです。
同じように、お寺には寺紋、神社には神紋があります。
形は家紋とそっくりで、実際に同じ図案が使われることも珍しくありません。
ここでは、家紋・宗紋・寺紋・神紋がどう違い、なぜ紛らわしくなるのかを整理します。
自分の家の紋を確かめたい方は、まずこの区別から入ったほうが早いです。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。紋の由来や成り立ちには諸説あり、資料によって説明が異なる場合があります。宗紋や寺紋の扱いは宗派・寺院・地域によっても異なりますので、ご自身の家やお寺の紋については菩提寺や親族にご確認ください。あくまで1つの見解としてご覧ください。予めご了承ください。
家の紋ではない紋が家のまわりにある
家紋は家に属する紋です。血縁でつながる一族の目印で代々受け継がれます。
これに対して宗紋は宗派に属します。
寺紋は寺院に、神紋は神社と祭神に属します。
属している先が家ではないという点で家紋とは根本的に別物です。
やっかいなのはこれらが家の生活のなかに入り込んでくることです。菩提寺の宗派の紋は仏壇や仏具に現れますし、お墓を建てるときにも紋を入れるかどうかという話が出てきます。
そのため「家にある紋=家紋」という思い込みが生まれやすいのです。
宗紋は宗派が規程で定めている
宗紋は感覚的なものではなく、宗派の内部規程できちんと定められています。
浄土宗を例に取ると、宗紋は大正4年(1915年)の教令第29号「宗紋規程」として制定されたのが最初です。
図柄は、開祖である法然の生家・漆間家の家紋「杏葉」に「月影」を配したもので、当初は線描きのみの図でした。その後、平成20年(2008年)に「浄土宗宗綱」が改正され、第10条で本宗の紋章を宗紋とすること、宗紋は月影杏葉とすること、蕊は七本とすることまで規定されています。浄土宗の公式サイトでも、法然の生家である漆間家の家紋に月をあしらったもので「月影杏葉」と呼ぶと説明されています。
ここで注目してほしいのは、宗紋の出発点が開祖の家の家紋だという点です。家紋が宗紋になり、その宗紋が各寺院で使われ、さらに檀家の仏具にまで及ぶ。図案が重なるのは偶然ではなく、そういう流れがあるからです。
日蓮宗も同じ構造です。日蓮宗の代表的な紋として井筒橘があり、法華経を信仰し日蓮を信仰した井伊家の家紋である橘紋と井筒紋を組み合わせたものだと、日蓮宗の公式サイトは説明しています。井筒は井戸を表しており、日蓮宗では人が生きていくために必要な水を大切にしているとされます。
ただし由来の説明は一つに定まっていません。
『中山法華経寺誌』では、井桁に橘の紋章は日蓮宗で伝統的に用いられてきたもので、日蓮の誕生時に湧き出た泉にちなんで井桁を、日蓮の好物だったといわれる橘にあしらってデザインしたものだと記されています。
紋の由来に諸説あるのはこの分野では普通のことなので、断定的に書かれている解説を見たら、どの説に立っているのかを確かめたほうがいいところです。
寺紋は宗紋と同じとは限らない
宗紋があるからといってその宗派の寺がすべて同じ紋を掲げているわけではありません。
ここが宗紋と寺紋を分けて考えるべき理由です。
日蓮宗の大本山である中山法華経寺が分かりやすい例です。
『中山法華経寺誌』によれば、中山法華経寺の紋章としては桔梗紋が用いられており、祖師堂の棟や賽銭箱にはこの桔梗の紋が大きく打ち出されています。
桔梗紋には太田桔梗、土岐桔梗など六種類があり、そのうち同寺が用いているのは太田桔梗です。
太田桔梗は太田乗明に、土岐桔梗は富木常忍に通じることから桔梗が寺紋に選ばれ、当時の本拠が太田乗明の邸跡であったことから太田桔梗が定められたと考えられています。
同寺ではもう一つの紋章として柘榴も用いられ、加えて井桁に橘も使われています。
また『中山史 増補版』では、桔梗は開基である富木日常の家の紋であり、今は本山の紋章であると記されています。
一つの寺に三つの紋がある。
しかもそのうち桔梗は、寺を支えた在家の有力者の家紋に由来しています。
寺紋は寺の目印であると同時に、その寺を誰が支えてきたかの記録でもあるわけです。
境内で紋がいくつも見つかって混乱したときは、宗紋・寺独自の紋・支援者由来の紋が併存している可能性を考えてください。
神紋の三つの成り立ち
神社側も事情は似ています。
神社本庁は、神紋の成立をおおまかに三つに分けて説明しています。
一つ目は、神社に縁の深い神木などの植物や祭器具を表したものです。
奈良県の大神神社の神杉がその例として挙げられています。
二つ目は、伝説や伝承にもとづくものです。
菅原道真を祀る天満宮の梅紋は、道真が生前に梅の花をこよなく愛でたという伝承から神紋として用いられるようになったといわれます。全国の天満宮で梅の紋を見かけるのはこのためです。
三つ目が、家紋からの転用です。
歴史上の人物を祀る神社に見られるもので、徳川家康を祀る東照宮では、徳川家の家紋である葵紋がそのまま神紋になっています。
このほかにも神仏習合に関わるものや、天文気象に関するものなど、神紋にはさまざまな文様が用いられており、人々の信仰と歴史的背景を表す象徴だと説明されています。
家紋が神紋に転じている。寺の側でも神社の側でも、家紋が上流にあるケースがあるということです。
そもそも家紋はどこから来たのか
紋の順序としては家紋が先にあります。
神社本庁の説明によれば、日本の紋章の起源は平安時代の公家社会で用いられた紋章にさかのぼります。
はじめは各自の好みの文様を衣装や調度に装飾として用いていたものが、次第に父祖伝来の文様として踏襲され、一族の文様として定着していきました。
その後の武家社会では、戦場で敵味方を瞬時に見分ける必要から旗指物などに一族の文様が描かれるようになり、目印としての実際的な意味合いが強まって、次第に簡略化されて現在の家紋の形になっていきます。
装飾から始まり、識別記号になり、家の象徴として固定。
この過程で「家」という単位に結びついたのは、所領も家督も家単位で受け継がれたからだと考えられます。
そして家に定着した紋が、開祖を通じて宗派へ、祭神や支援者を通じて寺社へと流れ出していきました。
つまり四つの紋は、まったく無関係に発生したわけではありません。
家紋が宗紋や神紋に転じた例があるかと思います。
とはいえ、神木や祭器具から生まれた神紋のように、家紋とは無関係に成立したものもあります。
系統が入り混じっているというのが実際のところで、だから見た目では区別がつきません。
家の紋を確かめるときの順序
以上を踏まえると自分の家の紋を調べるときの手順が見えてきます。
最初にやるべきは、目の前の紋が家紋なのか宗紋なのかを切り分けることです。
仏壇や仏具に入っている紋は、宗派の紋である可能性があります。
菩提寺の宗派が分かっているならその宗派の宗紋を調べて一致するかどうかを見ます。
一致するなら、それは家紋ではありません。
次に、菩提寺そのものの寺紋も確認します。
中山法華経寺の例のように、寺には宗紋とは別の独自の紋があることがあります。檀家がそれを使っていることもあります。
そのうえで、家紋の候補を絞ります。
墓石、紋付、家の道具、古い写真、親族の記憶といった複数の手がかりを突き合わせます。
除籍謄本で本籍地をたどり、その土地の同姓の家の紋を調べるという方法もあります。
紋が一致したという一点だけで結論を出さないことが大事です。
藤・巴・橘・木瓜・片喰といった定番の紋は全国に大量にあり、単純に重なることのほうが多いくらいです。菩提寺で自分の家紋と同じ紋を見つけても、それだけでは血縁の証明にはなりません。
寺紋・神紋を使ってよいのか
家紋には登録制度がなく、誰がどの紋を使うかを管理する法律もありません。
この点は宗紋・寺紋・神紋も同じで、使った瞬間に違法になるという一般的な規定はありません。
ただし家紋と違うところがあります。
宗派も寺社も宗教法人であり、紋はその法人を示す標識として機能しています。
営業表示やロゴとして使えば、商標や不正競争防止法の問題になる余地が出てきます。
商品やサービスに使うつもりなら、まず特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で登録の有無を確認するのが安全です。
菊紋だけは扱いがはっきりしています。
商標法第4条第1項第1号は、国旗、菊花紋章、勲章、褒章、外国の国旗と同一または類似の商標について登録を受けられないと定めています。
ここでいう菊花紋章とは、花弁の数が16枚からなる皇室の紋章です。
特許庁の審査基準では、この類否は国家等の尊厳を保持するという公益保護の観点から商標全体が国旗等と紛らわしいかどうかで判断され、菊花を表し花弁の数が12以上24以下で表示されている場合は菊花紋章に類似すると判断されます。
16枚ちょうどでなくても引っかかるという点は、菊をモチーフにしたロゴを考えるときに知っておいたほうがいいところです。
そして法律の前に、これらの紋は信仰と結びついた標識で、その宗派や寺社にとってはアイデンティティそのものです。
頒布品や刊行物に載せたいなら、当該の寺社に一言確認するのが筋です。
家紋の使用可否については「家紋を勝手に使っていいのか」の記事で整理していますが、宗紋・寺紋・神紋は相手が法人であるという一点で、家紋より慎重に扱うべき対象になります。
まとめ
仏壇や墓石にある紋は、家紋とは限りません。
宗派が規程で定めた宗紋かもしれないし、菩提寺の寺紋かもしれません。
家紋は家に、宗紋は宗派に、寺紋は寺に、神紋は神社と祭神に属していて、属する先がそれぞれ違います。
それでいて図案は重なります。
浄土宗の宗紋が法然の生家の家紋から来ているように、東照宮の神紋が徳川家の家紋であるように、中山法華経寺の桔梗が開基の家の紋であるように、家紋が源流にあって各方面へ流れているからです。
だから紋を見ただけでは何の紋か分かりません。
家の紋を確かめたいなら、まず宗紋と寺紋を消し込んでから、家紋の候補を絞る。この順序を踏むのが確実です。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。紋の由来や成り立ちには諸説あり、資料によって説明が異なる場合があります。宗紋や寺紋の扱いは宗派・寺院・地域によっても異なりますので、ご自身の家やお寺の紋については菩提寺や親族にご確認ください。あくまで1つの見解としてご覧ください。予めご了承ください。
参考文献
神社本庁「神社の紋章」 https://www.jinjahoncho.or.jp/omairi/monsho/
浄土宗「はじめての浄土宗」 https://jodo.or.jp/jodoshu/first-time/
浄土宗総合研究所「新纂浄土宗大辞典|宗紋」 https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E5%AE%97%E7%B4%8B
日蓮宗「日蓮聖人降誕800年 特設ウェブサイト」 https://koutan800.nichiren.or.jp/612/
国立国会図書館 レファレンス協同データベース「日蓮宗の寺紋は井桁に橘のようだが、日蓮宗である中山法華経寺や、その末寺の清寿寺は、桔梗紋を使用している。その由来を知りたい」 https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?page=ref_view&id=1000081196
特許庁「商標審査基準」 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/trademark/kijun/index.html
特許庁「商標審査基準 第4条第1項第1号(国旗、菊花紋章等)」 https://www.jpo.go.jp/system/trademark/shutugan/tetuzuki/document/mitoroku/12_4-1-1.pdf

