御璽と国璽の違いは?日本にある2つの「国のハンコ」

※本記事は可能な限り正確性に配慮して記載しておりますが、必ずしも正しいとは限りません。歴史や由来については諸説あります。また、御璽・国璽の用例は法令ではなく慣例に基づく運用であり、細部の取扱いが公表資料からは確認できない部分もあります。数値等については出典を明示していますので、正確を期す用途では原典をご確認ください。

日本には国家レベルで使われる印章が2つあります。

天皇の印である「御璽(ぎょじ)」と国家の表徴である「国璽(こくじ)」。
どちらも純金製で、片手では扱えないほど重く、しかも予備がありません。
明治7年に彫られたものが、150年以上たった今もそのまま現役で使われています。

この記事では、御璽と国璽の違いを、印文・大きさ・押される文書・保管方法・歴史についてわかる範囲で解説します。

御璽と国璽の違い

御璽は天皇の印章です。
印文(刻まれている文字)は「天皇御璽」。

国璽は国家の表徴としての印章です。
印文は「大日本國璽」。

そして、押される文書がはっきり分かれています。
宮内庁は現在の用例を次のように説明しています。

御璽が押される文書
詔書、法律・政令・条約の公布文、条約の批准書、大使・公使の信任状および解任状、全権委任状、領事委任状、外国領事認可状、認証官の官記および免官の辞令、四位以上の位記など

国璽が押される文書
勲記

(出典:宮内庁「御璽・国璽」 https://www.kunaicho.go.jp/learn/institution/seido/seido09.html

つまり現在、国璽の出番は事実上「勲章の証書」だけです。
国家の印なのに、条約の批准書や大使の信任状といった対外文書には押されていない。
ここが最大のポイントで、後で述べるとおり、戦前はまったく逆でした。

御璽国璽
読みぎょじこくじ
印文天皇御璽大日本國璽
配置2行縦書き(右「天皇」・左「御璽」)2行縦書き(右「大日本」・左「國璽」)
書体篆書体篆書体
材質
大きさ(※注意あり)3寸(約9.09cm)四方の角印2寸9分(約8.79cm)四方の角印
重さ約3.55kg約3.50kg
製作明治7年(1874)4月完成明治7年(1874)4月完成
意味づけ天皇の印国家の表徴
現在の用途詔書・法令の公布文・外交文書・官記など勲記
保管宮内庁侍従職宮内庁侍従職
宮内庁の英文表記Privy SealState Seal of Japan

大きさと重さについて、ひとつ注意があります。宮内庁の公式解説には印文と用例しか書かれておらず、寸法や重量は公表されていません。
上の数値は村上重良『皇室辞典』(東京堂出版、1980年)に基づいて広く引用されているものです。ネット上には「4.5kg」とする記述も散見されますが、文献にたどれる数字は御璽が約3.55kg、国璽が約3.50kgです。

数字だけだとピンと来ないので、身近なものと比べてみます。
一般的な実印は直径15mm前後。御璽は一辺が約91mmですから、印面の面積でおよそ47倍。
重さの3.55kgは、500mlのペットボトル7本分に相当します。
片手でひょいと押せる代物ではありません。

そもそも「璽」とは何か

「璽」という字は、印章のなかでも特別な位置にあります。

中国では、もともと「璽」は印章一般を指す言葉でした。それを秦の始皇帝が、天子(皇帝)の印だけを「璽」と称し、臣下のものは「印」と呼ばせるように定めたと伝えられています。
以後、「璽」は君主の印を意味する字として定着しました。

日本語の「御璽」「国璽」「玉璽」、そして皇位継承の儀式に出てくる「剣璽」も、すべてこの系譜にある言葉です。
日常のハンコを指して「璽」とは言いません。

御璽:1300年変わっていない4文字

起源は飛鳥時代

御璽の歴史は、律令制まで遡ります。

701年(大宝元年)に成立した大宝律令の公式令「天子神璽条」に、官印のひとつとして「内印(ないいん)」が規定されました。この「内」は天皇を意味します。これに対して太政官の印は「外印(がいいん)」と呼ばれました。大きさは方3寸(当時の尺で約8.9cm)とされています。

律令には材質や印文についての具体的な規定はありませんが、実際に用いられた印文は「天皇御璽」でした。つまり、いま使われている御璽の4文字は、1300年前から同じということになります。

平安時代には中務省の内匠寮が鋳造を担当し、材料は銅または青銅。幕末までに何度か作り直されており、1068年(治暦4年)に焼損した内印を翌年に改鋳した記録も残っています。江戸時代の御璽は銅印で方2寸7分(約8.2cm)でした。

「請印」という儀式

律令期の内印は、実用されない「天子神璽」に次ぐ地位にあり、天皇大権を示すものとされました。
詔勅、五位以上の位記、諸国に下す公文(太政官符・省符・台符など)には、内印の押印が必要とされています。

興味深いのは、押すのに手続きがあったことです。
内印を押す際は、少納言が天皇に奏上して押印の許可を得る「請印(しょういん)」という儀式を経る必要がありました。許可を得たあと、勅符と五位以上の位記は少納言が、それ以外の公文は主鈴(しゅれい)が実際に押しました。

ハンコを押す権限と、ハンコを保管する役職と、実際に押す人を分ける。この構造は、後で見る現在の運用にもそのまま引き継がれています。

国璽:明治になって生まれた新しい印

御璽が1300年の歴史を持つのに対して、国璽はずっと新しい印章です。

明治維新以前、日本には「国璽」と称する印は存在しませんでした。天皇の内印と太政官の外印はあっても、「国家の印」という概念そのものがなかったのです。

ただし、幕末にはそれに近いものが使われています。
日米修好通商条約の批准書には、「經文緯武」と刻まれた縦横9.2cmの銀印と「日本政府之印」と刻まれた3寸4分(約10.3cm)の印章が用いられました。
これは老中・堀田正睦の諮問によって定められたもので、徳川幕府が国家を代表することとその公印を示すものでした。

国璽が正式に登場するのは明治4年(1871)。
大蔵卿・伊達宗城を全権として清に派遣する(日清修好条規の交渉)にあたり、対外文書に押す印が必要になったのがきっかけです。

現在の御璽・国璽ができるまで

現在使われている2つの金印は、明治初期の「作り直しのドタバタ」の末に生まれました。順を追うと、こうなります。

第1段階:伝来の銅印(〜明治4年)

明治2年(1869)、職員令の制定にあわせて御璽の用例が定められました。
このときの御璽は、「内印」として代々使われてきた伝来の銅印です。
勅任官の官記、勅授の位記、華族の相続などに押され、のちに外国へ特派する使節への詔書などにも用いられました。

第2段階:小曽根乾堂の石印(明治4年)

ところが、清への使節派遣にあたって伝来の銅印が「印文ノ不明」「字面不宜趣」(印文がはっきりせず、字面がよろしくない)と評されてしまいます。
そこで明治4年5月3日、大蔵省に出仕していた篆刻家・小曽根乾堂に命じて、新しい石印が彫られました。
御璽が方2寸8分(約8.48cm)、国璽が方2寸9分(約8.79cm)で「大日本國璽」。
ここで初めて「国璽」という印が生まれます。

第3段階:金印への改刻(明治6〜7年)

しかしこの石印も「艸卒ノ刻、字體典雅ナルヲ得ス」(急ごしらえで彫ったので、字体が上品でない)「早卒ニ際シ石刻相成且刻面モ不宜様ニ相見候」と不評でした。
そこで、今度は金で作り直すことになります。

明治6年(1873)2月、宮内省が京都の鋳造師・秦蔵六に鋳造を発注。同年9月、同じく京都の印司・安部井音人(号は櫟堂/れきどう)に彫刻を命じました。御璽と国璽は1年がかりで製作され、明治7年(1874)4月に完成。同年7月20日に新しい印影が各所へ回達されました。

この経緯は国立公文書館が所蔵する『太政類典』に残っており、館のサイトで概要を見ることができます( https://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m07_1874_03.html )。

以降、御璽も国璽も一度も改刻されていません。そして予備は存在しません。明治7年の金印が、令和のいまも唯一の現物として使われ続けています。

なお、国璽の印文が「大日本國璽」なのは、明治4年の石印の印文をそのまま踏襲したためです。国号の表記が「日本国」となった現在も、印文は「大日本」を冠したままになっています。

戦前と戦後で「逆転」した使い分け

御璽と国璽の使い分けは、大日本帝国憲法下では法令に明記されていました。

公文式(明治19年勅令第1号)では、法律・勅令には親署(天皇の自筆署名)の後に御璽を押すとされ、一方で国書、条約批准、外国派遣官吏の委任状、在留各国領事の証認状、三等以上の勲章の勲記には親署の後に国璽を押すとされました。四等以下の勲記は国璽のみです。

公式令(明治40年勅令第6号)でも枠組みは同じで、詔書・勅書・親任官および勅任官の官記・爵記・四位以上の位記には御璽、国書その他の外交上の親書・条約批准書・全権委任状・外国派遣官吏委任状・名誉領事委任状・外国領事認可状・勲一等功二級以上の勲記には国璽、と整理されていました。

要するに戦前は、国内向けの文書には御璽、対外文書には国璽という分担だったわけです。国家を代表して外国と向き合う場面では「国の印」を押す、理屈としてわかりやすい設計だと考えられます。

ところが公式令は、昭和22年(1947)5月3日の「内閣官制の廃止等に関する政令」(昭和22年政令第4号)によって廃止されました。そして、これに代わる法令は今日まで制定されていません。

御璽・国璽の用例は、法令の根拠を失ったまま、慣例として踏襲されているというのが現在の姿です。しかもその慣例の中身は戦前と同じではなく、公式令では国璽とされていた条約批准書、大使・公使の信任状・解任状、全権委任状、領事委任状、外国領事認可状も、現在は御璽が押されています。

結果として、国璽の用途は勲記だけが残りました。国のハンコの出番が、勲章の証書1種類にまで縮小したのです。(勲記のほか、褒章条例に基づく褒状にも押されるとする資料もあります。)

「御名御璽」とは何を意味しているのか

法律や政令の公布文には、天皇の署名(御名)と御璽の押印が並びます。
この2つがセットになった状態を「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」と呼びます。

官報に載る法令の冒頭に「御名御璽」と活字で印刷されているのを見たことがある方も多いはずです。
これは、印影そのものを印刷しているわけではありません。
原本には天皇の自筆署名と朱色の印影があるという事実を活字で示しているのです。

そして、御名御璽が付された原本のことを「御署名原本(ごしょめいげんぽん)」と呼びます。

御署名原本のスタイルは、明治19年(1886)の公文式が、法律・勅令には天皇の自筆署名(親署)の後に御璽を押すと定めたことで確立しました。これらの原本は、昭和46年(1971)11月に皇居内の内閣総理大臣官房総務課の貴重書庫から国立公文書館へ移管され、現在も同館の貴重書庫に厳重に保管されています。

ありがたいことに、御署名原本は国立公文書館デジタルアーカイブで画像が公開されています。日本国憲法をはじめとする法令の原本に押された、本物の御璽の印影を自分の目で確認できます。

誰がどうやって押しているのか

御璽・国璽の押印手順は、印章を扱う人間から見るとかなり興味深いものです。

保管者の変遷

戦前は当初宮内省が、のちに宮内省の外局である内大臣府が御璽・国璽を保管し、内大臣が押印していました。天皇が1泊以上の旅行をする際には、内大臣秘書官が持参して同行したとされます。

第二次世界大戦後に内大臣府が廃止されると、御璽・国璽は宮内省侍従職へ移されました。宮内庁の設置に伴い、現在は宮内庁侍従職が保管しています(宮内庁法第1条第2項は「宮内庁は……御璽国璽を保管する」と定め、同第2条第5号は所掌事務として「御璽国璽を保管すること」を挙げています)。
押印を行うのは、事務主管の侍従職職員です。

保管の様子

紫と白の袱紗(ふくさ)に包み、専用の革製ケースに入れて保管されています。

押し方

押印には、独立行政法人国立印刷局が特製した朱肉を使います。そして、位置ずれや傾きが出ないよう、印矩(いんく)という専用の定規を当てて押します。印矩は篆刻をやる人にはおなじみの道具で、印を正確な位置・角度で押すためのL字型の当て木です。
3.5kgの金印を狙った位置に一発で決めるのですから、当然といえば当然の道具立てでしょう。

押す位置にも作法があり、御名(署名)に少し掛かるように押すのが習わしとされています。

そして使用後は、布で朱肉をきれいに落とします。

皇位継承のとき

日本国憲法下の皇位継承では、「剣璽等承継の儀」において、皇位の証である剣璽(天叢雲剣・八尺瓊勾玉)とともに国璽と御璽の承継が行われます。

ここで混同されやすい点をひとつ。「剣璽」の「璽」は八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)のことであって、御璽ではありません。御璽・国璽は儀式名の「等」のほうに含まれています。同じ「璽」の字が違うものを指しているので、注意が必要です。

勲記の実物を読んでみる

国璽の唯一の活躍の場である勲記は、どんな文面になっているのでしょうか。勲章の種別によって文面が異なり、いずれも縦書きです。

上位の勲章の場合

日本国天皇は ○○○○ に ○○○○ を授与する 皇居においてみずから名を署し 璽をおさせる 御名 国璽 令和○年○月○日 内閣総理大臣○○○○ 印 内閣府賞勲局長○○○○ 印 第○○○○号

それ以外の勲章の場合

日本国天皇は ○○○○ に ○○○○ を授与する 皇居において璽をおさせる 国璽 令和○年○月○日 内閣総理大臣○○○○ 印 内閣府賞勲局長○○○○ 印 第○○○○号

注目してほしいのは「璽をおさせる」という言い回しです。「押す」ではなく「押させる」。天皇が自ら押すのではなく、他の者に命じて押させる、という使役の表現になっています。実際に押しているのが侍従職の職員であることを踏まえると、この文面は実務と正確に対応しているわけです。

なお、外国人への叙勲では「授与する」が「贈与する」に変わります。また、皇居以外の場所(たとえば赤坂御所)で親署や国璽の押印が行われた場合は、「皇居において」が「赤坂において」などと変化します。

勲記の用紙の抄造と印刷は国立印刷局が行っています。中央部の真上には菊花紋章が金下刷り+純金粉+空押しで表現され、授与される勲章の図柄(模型)はデカルコマニーという移し絵印刷の技法で、職人が一色ずつ数日がかりで転写しています。

そしてもうひとつ重要な点があります。
勲記は、理由の如何を問わず再交付されません
国の印章である国璽が使われているためです。
紛失した場合は、本人の申請により「有勲証状」が交付され、受章者の二親等以内の遺族は「有勲証明書」の交付を申請できます。

再発行できないハンコ。実印の世界では、印鑑登録証明書は何度でも取れますし、改印届を出せば実印そのものを変えられます。それと比べると、勲記の扱いの重さが際立ちます。

参考:内閣府「勲章等を紛失された方へ」 https://www8.cao.go.jp/shokun/kunsyoufunshitu.html

偽造したらどうなるか

御璽・国璽は、刑法上も特別扱いされています。

刑法第164条(御璽偽造及び不正使用等) 第1項:行使の目的で、御璽、国璽又は御名を偽造した者は、2年以上の有期拘禁刑に処する。 第2項:御璽、国璽若しくは御名を不正に使用し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用した者も、前項と同様とする。

第2項の罪については、未遂も処罰されます(刑法168条)。

刑法第154条(詔書偽造等) 行使の目的で、御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造し、又は偽造した御璽、国璽若しくは御名を使用して詔書その他の文書を偽造した者は、無期又は3年以上の拘禁刑に処する。御璽若しくは国璽を押し、又は御名を署した詔書その他の文書を変造した者も同様です。

重さの実感がわくよう、他の印章の偽造罪と並べてみます。

条文対象法定刑
刑法164条1項御璽・国璽・御名2年以上の有期拘禁刑
刑法165条1項公務所または公務員の印章・署名3月以上5年以下の拘禁刑
刑法167条1項他人の印章・署名(私印)3年以下の拘禁刑

公印偽造には上限(5年)がありますが、御璽・国璽の偽造には下限(2年以上)しか定められていません。上限は有期刑の上限である20年です。刑の重さの構造そのものが違うことがわかります。

ひとつ注意点を。2022年(令和4年)の刑法改正により懲役と禁錮は「拘禁刑」に一本化され、2025年(令和7年)6月1日に施行されました。この記事も拘禁刑で記載していますが、ネット上の解説記事や書籍には「2年以上の有期懲役」と書かれたままのものが多く残っています。古い記述を見かけても誤りというわけではなく、改正前の表記だと理解してください。

実印と比べると何が違うのか

印鑑の記事なので、私たちが使う実印との違いも整理しておきます。

1. 登録制度がない

実印は、市区町村への印鑑登録によって「本人の印である」ことが公証されます。印鑑登録証明書が発行できるのはそのためです。一方、御璽・国璽にはそうした登録制度はありません。真正性を担保しているのは、誰が保管し、誰が、どんな手順で押したかという運用そのものだと考えられます。

2. 桁違いのサイズ

一般的な実印は直径15mm前後。御璽は一辺約91mmの角印で、印面の面積はおよそ47倍です。

3. 予備がなく、作り直しもされない

会社実印なら、改印届を出せば作り直せます。個人の実印も同じです。御璽・国璽には予備がなく、明治7年から一度も改刻されていません。150年以上、たった1本ずつで運用されているわけです。

4. 根拠法令がない

実印の押印や印鑑証明については、印鑑登録に関する各市区町村の条例や、商業登記規則をはじめとする各種の法令が根拠になっています。御璽・国璽については、公式令が廃止されて以降、用例を定めた法令が存在しません。

5. 押した後に拭き取る

御璽・国璽は使用後、布で朱肉をきれいに落とすとされています。
実印ももちろんふいた方がいいです。

よくある質問

Q. 御璽と国璽はどちらが格上ですか?

序列を定めた規定はありません。用途が違うと理解するのが正確です。どちらも宮内庁侍従職が保管し、皇位継承の際には剣璽とともにセットで承継されます。

Q. 官報に「御名御璽」と書いてあるのに印影が見えないのはなぜですか?

官報は活字の印刷物なので、原本の署名と印影を再現せず、「御名御璽」という文字で代替しているためです。原本にあたる御署名原本は国立公文書館にあり、デジタルアーカイブで画像を見ることができます。

Q. 御璽は天皇陛下ご自身が押すのですか?

押すのは宮内庁侍従職の職員です。勲記の文面が「璽をおす」ではなく「璽をおさせる」となっているのはこの実態に対応した表現だと考えられます。

Q. 重さは4.5kgではないのですか?

ネット上には4.5kgとする記述もありますが、文献にたどれる数値は御璽が約3.55kg、国璽が約3.50kgです(村上重良『皇室辞典』)。宮内庁は寸法・重量を公表していないため、公式に確定した数字はわかりません。

Q. なぜ「日本国璽」ではなく「大日本國璽」なのですか?

明治4年に彫られた石印の印文が「大日本國璽」で、明治7年の改刻の際にそれをそのまま踏襲したためです。以後改刻されていないので、現在も「大」の字がついたままになっています。

Q. 御璽・国璽を見学できますか?

現物の一般公開は行われていません。ただし印影であれば、国立公文書館デジタルアーカイブの御署名原本などで見ることができます。

まとめ

  • 御璽は天皇の印章で、印文は「天皇御璽」。国璽は国家の表徴で、印文は「大日本國璽」
  • 現在、御璽は詔書・法令の公布文・条約批准書・信任状・認証官の官記などに押され、国璽は勲記に押される
  • どちらも明治7年(1874)製の金印。彫ったのは京都の印司・安部井櫟堂、鋳造は秦蔵六。以後一度も改刻されておらず、予備もない
  • 御璽の印文「天皇御璽」は、大宝律令の内印から1300年変わっていない。国璽は明治4年に生まれた新しい印
  • 戦前は「国内は御璽、対外は国璽」という分担だったが、公式令の廃止後、対外文書も御璽に移り、国璽の出番は勲記だけになった
  • 用例を定めた法令は現在存在せず、慣例で運用されている
  • 保管は宮内庁侍従職。国立印刷局特製の朱肉を使い、印矩を当てて、御名に少し掛かるように押す
  • 偽造・不正使用は刑法164条により2年以上の有期拘禁刑。公印偽造(3月以上5年以下)よりはるかに重い

押印文化が縮小していく時代にあっても、この2つだけは、たぶんですが、当分のあいだ朱肉で押され続けるのだろうと思います。

※本記事は可能な限り正確性に配慮して記載しておりますが、必ずしも正しいとは限りません。歴史や由来については諸説あります。また、御璽・国璽の用例は法令ではなく慣例に基づく運用であり、細部の取扱いが公表資料からは確認できない部分もあります。数値等については出典を明示していますので、正確を期す用途では原典をご確認ください。

執筆者情報

樋口智大(行政書士)

アロー行政書士事務所の行政書士。
ドローン飛行許可申請や酒類販売業免許申請、古物商許可申請等の許認可取得のサポートをしています。
行政書士になってから紙・電子含めて印鑑と向き合う機会が増えました。また、酒類販売業免許をやっていると海外取引に触れる機会も多いことから、印鑑文化が海外では通用しないこと(サインが基本等)など、印に対するさまざまな経験をしたことにより、逆に興味を持つようになり、このような印鑑に関するブログを運営しております。歴史な好きなこともあり、家紋についても解説しております。